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「…アンク、…か」
この時間帯に店に人が来ることは少ない。

最近、友達が出来たとはしゃぐ50号は今日はお休み。
今頃、そのお友達と遊んでいるのだろうか。

風も、いつも店に出てもらうわけにもいかない。
今日は上の自室で休んでもらっている。

雪之丞は、今日は地価のワインセラーで掃除をしてもらっている。
…結局、力仕事などは彼に頼むと効率がいい。
笑顔でバイト代を渡してみたら、僅かに引きつりながらも、何も言わずに受け取ってくれた。



…さて、

もう一度、アンクを見る。

どうしてか、それは懐かしく、感じる。

非常に。


しげしげと眺めていたソレを、不意にワーズは首にかける。

仕事中にも、関わらず。

理由は分からない。

急に、掛けたくなったからだ。


刹那。




パキン。

何かが、割れるような音がし、

……

床に僅かに、砂が積もった。

「あー最悪だ…もー最悪」
悪態付きながらモップを手に、BAR・ワーズワースのアルバイト、雪之丞はため息を付く。
何だかんだでこのBARに通うようになって早数ヶ月。
何も言わず、にっこりとワーズから、バイト代です、と支給された日は驚いた。
えー…なにそれ、やめたら駄目なの…?
…うん。まぁ、いろんな人見れるから、楽しいっちゃ楽しいけれど。

この間は、みむさんこと、三室ゆかり嬢にさんざ弄られてしまった。
幸か不幸か(いや、不幸なんだが)うっかり自分と鉤辻の雪之丞が同じだとバレてしまい、
ひとしきり驚かれた後、何やら色々保存されてしまっていた。

……駄目だ。
もう鉤辻の連中、知っているんじゃないか…。
知らないと思っているのはもしかして自分だけなのかもしれない。

……はぁ。

人として死ぬ、という贅沢な夢は、どんどん遠ざかっているように感じられる。



ともあれ。

いつまでぐだぐだ考えていてもここの掃除は終わらない。
再び、雪之丞はモップに手を掛け掃除を始め、

カタン

「ん?」

聞こえた音に訝しげに雪之丞は天井を仰ぐ。
別に防音と言うわけではないが、大きな音は響けばガラスなど容易く割れてしまう。
そういう造りになっているこの場所で聞こえる音といえば、結構大きな音であろう。

「…なんか、あったのかな…」
まさか、とは思うが。

不安に駆られる気持ちを抑え、雪之丞は扉を開き、

「…どうしたんだ!?」
瞬間、目の前に飛び込んできた顔に雪之丞は狼狽する。
上にいるはずの、この店の主人が、今扉を空けんとばかりに立っていたからだ。

「…ゆ……雪之丞さん、すみません…ちょっと、急にしんどくて、…お店閉めてしまったんで…
それで、あの、雪之丞さんにも、帰って、貰おうかと」
「閉めた!?…いやいや、そんなの後回しで、…大丈夫か?…兎に角休まないと…」
支えるように手を伸ばせば、それを拒むかのようにワーズは小さく身を引く。

その言動に、小さく、違和感を覚える。

「いえ、…その、…少し横になっていれば大丈夫です」
「そうか…」
行き場の無くなった手を宙に置いたまま、雪之丞はなんとも言えない表情で頷く。
本人が大丈夫と言えば大丈夫なんだろう。
…本当なら、部屋まで抱えていってやるべきなんだろうが、…
また、拒まれるかもしれない。
と、なれば。

「ああ。じゃあ途中だけど、…帰らせてもらうよ」
「ええ、すみません」
ワーズは力なく笑う。
その笑顔にチクリと心を痛めながら、
しかし、違和感を覚えた。

何だろう。
何か、おかしい。

気になり、振り返る。

しかし、つらそうな顔のまま、何故かその場所から動こうとせずに、ワーズは小さく笑む。

………いや、最近色々あったから神経質になりすぎだ。
…まさか店でみむちゃんにバレると思ってなかったし、そういうのが積もりに積もって、



あ。

ああ。

不意に、分かる。


「なぁ、マスター」
「はい?」
へら、と表情を崩す雪之丞に、ワーズは不思議そうに首をかしげる。

「…何だっけ、俺の名前」
「え?……だって、雪之丞さんは、…雪之丞さん、ですよね?」
「ああ。正解。いや、何でもない」
「はぁ…」
わけが分からない、といった表情の彼女に、更に、雪之丞は確信を抱く。

「あのさ、そういえばこの間さー、みむちゃんに俺のことバレちゃったじゃん?」
「え、ええ?」
「あれって、50号が俺のこと“おじいちゃん”って呼んでしまったからだろ?」
「ああ、ええ…アレはなんというか、タイミングが悪かったですよね…」
意図がわからないまま、ワーズは困ったように笑む。

「あー…ここまで言って、まだ分からない?」
「ええと…?」
「あの子はね、優しい子だから、別に俺に言うわけでもなくて、普通にそうしていたんだと思う」
「…何が…」
ワーズの表情は、僅かに強張る。

「だからね、」
雪之丞は、確信を持って、笑う。

「マスターはなぁ…俺が、客に誰か分からないように、…
仕事中は、決して、俺の名前を本名で呼ばない」
「………店は、もう閉めたので、」
「そういう事を言いたいんじゃない。……そんなに、頑なに追い出す必要ないんじゃない?」
ワーズは堪えない。
俯いたまま。

雪之丞は、笑う。
「…なぁ、あんた、誰?」

「……………れば、」
「ん?」


不意に顔を上げ、ワーズは、歪に笑む。
「素直に帰っていれば、無事にすんだのにね?」

瞳が、焦点が僅かにぶれ、不思議な色を湛えている。

「はっ…無事に帰っても後に残るのか無事じゃないマスター、だなんて笑えないしなぁ?
…一つ教えてやる。…相手の事は、もっと調べてから真似しやがれ」
ひしひし、と感じる怖気に、堪えるように雪之丞は笑う。

「真似?…真似?」
くつくつ、と、ワーズの、…ワーズのふりをする何かは笑う。

「ま、なんでもいいよ。………さよなら」
笑みが止まり、軽く、ワーズは片手を振る。

そして、
瞬間、ごう、と砂柱が、
立ち上がった。

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2009.02.02 


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